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2018.10.29

ヒット曲の料理人 編曲家・萩田光雄の時代

書籍『ヒット曲の料理人 編曲家・萩田光雄の時代』(2018年6月11日発売)にて、以下の誤りがありました。読者ならびに関係者の皆様にご迷惑をおかけいたしましたことを深くお詫び申し上げ、ここに訂正させて頂きます。

P23 6行目

【誤】関係が蜜
【正】関係が密

P102 下段1行目

【誤】そうなんですよ。でも宇崎さんはまったくそんな意識はなかったようです。

【正】順番は忘れましたが、アルバム用として宇崎さんのデモ・テープが4曲上がってきたので、それを萩田さんに持っていきました。おそらく4曲それぞれのアレンジに対して宇崎さんの意向もあったと思うのですが、はっきりは覚えていません。

P102 下段5行目

【誤】まず宇崎さんのデモが上がってくると、それをそのまま萩田さんに持っていきました。
カトリーヌ・スパーク主演の『太陽の下の18才』(注:1963年に公開されたイタリアのアイドル映画)、あんな感じでトゥイントゥ、トゥイントゥ......のようなギターの音を入れて、イタリアンツイストみたいにしてほしい、萩田さんに言ったのはそれだけです。

【正】4曲いただいた中で「横須賀ストーリー」に関しては宇崎さんにアレンジのイメージがあり、カトリーヌ・スパーク主演の『太陽の下の18才』(注:1963年に公開されたイタリアのアイドル映画)に出てくるイタリアのツイストみたいにしてほしい、と言われ、「まさに、それだ!」と思って「ゴーカート・ツイスト」を資料音源で萩田さんにお渡ししたような記憶があります。

P103 上段8行目

【誤】これは自慢になっちゃうけど、僕じゃなかったら"太陽の下の18才"というアイデアは出てこなかったかもしれないし、結果としておとなしいアレンジになってしまったかもしれない。

【正】宇崎さん、阿木さんの曲やアレンジのアイデアがあって、同時に萩田さんがいて、ロック好きの僕がいて、という相乗効果があって「横須賀ストーリー」ができて、その後の百恵のサウンドに繋がっていったとは思います。