京都で生まれて若くしてアメリカに渡り、ボストンのバークリー音楽院で学んだトモ藤田さんは、学生から講師へ、助教授/プロ・ミュージシャンへとキャリアを積み、1996年、日本に帰ってきました。10年ぶりの帰国だったそうです。ひさびさに京都へ戻ったトモさんは、知り合いから寺内タケシ氏の事務所、というツテをたどって、東京のギター・マガジン編集部に現れました。私とトモさんが初めて会ったのはこの時です。
人柄がとても良いことは、すぐにわかりました。印象的だったのは、トモさんが用意してきた分厚い自己プロモーション資料です。コピー用紙をホチキスで束ねただけの資料でも編集部としては十分なのですが、藤田さんが持ってきたのは、きちんとケースに入れられ、紙質も良く、アーティスト写真はきっちりと撮影してあり、経歴も詳しく書かれ、それなりに押しの強いものでした。自分を売り込むための資料をここまで整えるなんて、あー、なんてアメリカで鍛えられた人なんだろー、という感想を持ったことを憶えています。
その場でトモさんと何を話し合ったのか、じつは憶えていません。でも、その後トモさんにギター・マガジンのコラム「Tomo Fujitaのバークリー・コネクション」(当サイトに再録しました)の執筆をお願いしたことから推測すると、たぶんトモさんはその時、バークリー音楽院での生活や音楽状況について、いろいろな話をしていったのではないかと思います。また私は、「日本人でバークリー音楽院の講師をやっている人は珍しい。何か書いてもらおう」と考えたのだと思います。
ギター・マガジンの編集者と、そのコラムの筆者として、私とトモさんは1996年に仲良くなったのですが、その後私は編集部から映像企画部(教則ビデオを作る部署です)に異動になりました。
それから約半年後の1997年春、トモさんから久々の国際電話をもらいました。その内容は、「ブルース・ギターの教則ビデオを作りたい。一緒にできないか?」というものでした。でも私は断ってしまいました。
なぜかというと、その時リットーミュージックでは『ブルース・ギターの常套句200』というビデオを発売した直後で、これが非常に良く売れていたからです。もちろん個人的には、トモさんのビデオを作りたいと思っていました。でもブルースをテーマとしたビデオを近い時期に2タイトル発売すると、どっちかがどっちかに食われかねません。だから、「すみません。今はまだブルースの教則ビデオは作れません」と丁寧に(と自分では記憶していますがトモさんにはどういう印象だったかわかりません)お断り申し上げた次第です。
その年の夏、トモさんから再び電話が来ました。「ファンク・ギターのビデオならどうだろう?」 これも断ってしまいました。なぜならその時はちょうど、元アース・ウィンド&ファイアーのアル・マッケイをインストラクターとしたビデオ『ファンク・リズム・ギターの常套句』を作っていたからです。タイミング悪い~!
そしてまた同じ年の12月、トモさんから3度目の電話が来ました。私の記憶によると、その時のトモさんは、ただ雑談のように、バークリーでは今こんなレッスンをやっている、基礎練習が大事なのでそれを生徒にやらせている、というようなことから話し始めたような気がします。で、どちらが何を言ったか詳しいことは覚えていません。でも約30分後、受話器を置く時にはすでに「基礎練習のビデオを作ろう! これならいける!」とすっかり意気投合していました。それだけはハッキリ記憶しています。
世界的な音楽学校のギター講師が基礎練習について徹底的に解説する教則ビデオ、というのはこれまで日本には存在しなかったはずですし、私も「これなら多くのアマチュア・ギタリストの助けになる!」と確信していました。またトモさんの人柄からして、この仕事に真剣に取り組んでくれることも明らかでした。たかだか30分程度でしたが、このトモさんからの電話がのちのシリーズ化の第一歩となったことを思うと感無量です。
企画案が決まったあとのトモさんは、私に対して怒濤のFAX攻撃をしかけてきました。FAXの内容は、ただただエクササイズの譜面、譜面、譜面。そして解説原稿もボストンから大量に送られてくるようになりました。トモさんからのFAXは、リットーミュージック特製大型紙袋:手提げタイプ(ただの紙袋です)がパンパンになり、破けるまで続きました。その大量のFAXの中から選ばれたいくつかの譜面が、『ギタリストのための演奏能力開発エクササイズ』の80ページの小冊子になったわけです。
一方私は、トモさんから受け取る譜面を自分で弾いてチェックしているうちに、ギターがうまくなっちゃいました。これは売り文句でもなんでもなく、本当の話です。また私は、ギターがうまくなってラッキーという以外に、トモさんの意志の強さと、やると決めたら徹底的にやる姿勢に非常に感化されました。『ギタリストのための演奏能力開発エクササイズ』は人生訓も含むビデオです、私にとっては。
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