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『ザ・バグが表現するサウンドとは』強烈な重低音の世界を魅せるザ・バグのロングインタビュー 〜Part.1〜
Photo:Tadamasa Iguchi Interpretation:Emi Aoki
ザ・バグが表現するサウンドとは
6月にリリースされたアルバム『Angels & Devils』の制作に、インスピレーションを与えた体験などはありますか?
The Bug アルバムが完成するまで6年かかったんだ。その間にインスピレーションとなった出来事はたくさんあった。まず、アルバム制作中にロンドンを離れる決心をしたのさ。理由はたくさんあったが、ロンドンを離れて新しい生活を始めるのは、ある意味逃避のようなものだったんだ。2008年にリリースした『London Zoo』は、ロンドンという街や社会的状況に投獄されている状態を表現したアルバムだった。一方で、『Angels & Devils』は俺にとって過去との決別を意味するアルバムなんだ。そして、今はできるだけ急速に未来へ向かっていると言える。俺は音楽に対して哲学的な取り組み方をする人間だと思う。しかし、トラックを作るだけでは満足できない。トラックを作るのは誰にでもできる。"なぜそのトラックを作るのか?"という背景まで理解しないといけない。世界情勢はこれまでになく不穏な状況に陥り、そういう状況は俺に影響を与えるんだ。実際にそういうことについてちゃんと考えているんだよ(笑)。それから、初めて父親になったことも今回のアルバムに影響したね。世界が今までとは全く違う見方になるから、アルバムの制作にはとても大きなインパクトを与えた。『London Zoo』を作った時、俺はとても強烈な状況の中にいたし、ベルリンに移ってから今までとは違う新しい世界観が生まれたんだ。
アルバムはベルリンに移ってから作り始めたのですか?
The Bug いや、ロンドンにいる時からさ。もう5~6年前のことだ。ミックスダウンはベルリンで全て行ったし、最初からベルリンで書いた曲もある。アルバムの背景となる美学や、芸術的な方向性、そして、その制作は全てベルリンで行ったよ。
あなたはこれまでに、ジョイ・ディビジョンやスロッビング・グリッスル、パブリック・エネミーなどに影響を受けたそうですが、ここ最近で影響を与えられた新しい音楽は何かありますか?
The Bug 俺は常に新しい音楽を欲している。常に活気的な音楽シーンがあるということは、俺にとって非常に重要なことだ。だから今回東京に来て、最近は新しいプロデューサーがいなくてシーンが盛り上がっていないと聞いてがっかりしたよ。俺は外国へ行くと必ず"最近の音楽シーンはどう?"とその国の人に聞いている。東京では閉店するレコード屋も多いらしいが、ロンドンでの状況が東京でも起こっている。新しいインスピレーションを得ることは、俺にとって必要なことなんだ。そして良い意味で競争的でありたい。自分がもっと頑張れるからね。最近のUKでは、グライムのインストゥルメンタルを作る良いプロデューサーが大勢いる。ロゴス、ミスター・ミッチ、マンダンス......彼らの音楽は気に入っているよ。それからフットワークの奴らだ。DJ スピン、タソはとても才能がある。だが、俺がインスピレーションを受ける音楽は全体的に少ないと感じている。だからこそ、自分で何かやらなければという気が湧き起こってくるんだ。例えばジャマイカ音楽は、俺にとって非常に大切な音楽だ。だが、ジャマイカからはここ数年間、良い音楽やエキサイティングな音楽が出てきていない。だからこそ、自分のレーベルACID RAGGAの活動を進めて、2015年に自分が聴きたいダンスホールはどんな音なのかということを模索してきた。文句を言うのではなく、自分で何とかすればいいだけのことなんだ。
あなたは他の名義でのバンドもやってきましたが、ザ・バグで表現したいこととは何でしょうか?
The Bug ザ・バグを始めた時は、俺のソロプロジェクトという位置付けで始めたのさ。たくさんの人とコラボしてザ・バグの作品を作ってきたが、今でもそういう位置付けだと思っている。ザ・バグ名義で1枚目のアルバムを作った時にその名前は生まれたが、その時点で自分が何をやりたいのかというビジョンは明確では無かった。自分で音楽を制作し、ミックスをするのが主な目的だったんだ。それまでは、ゴッドフレッシュのジャスティン・ブロードリックと一緒に音楽を作っていて、彼とのユニットテクノ・アニマルも、ジャスティンのスタジオで作っていた。そして、アイスというプロジェクトでWARNER BROTHERSというメジャーレーベルと契約した。その時、自分が今まで一度もレコードを自分でミックスダウンしたことが無いことに気づいてショックを受けた。WARNER BROTHERSとの契約で購入することのできた、当時の新しい機材を使って、アイスのアルバムをミックスダウンしたくはないと思った。そして、NYのWORD SOUNDというレーベルでレコードを作る機会を与えられた時に、ザ・バグという新しい偽名を使うことを思いついたんだ。WORD SOUNDはスキッズ・フェルナンドという人が経営するレーベルで、彼の愛するON-U SOUNDのようなディープなダブと、サイケデリア、そしてウータン・クランのスタイルのようなヒップホップビートを掛け合わせた音楽を扱っていた。彼のテイストは俺のスタイルと非常に似ていたから、レーベルの大ファンになった。当時俺はジャーナリストで、彼はライターでもあったから、お互い気が合ったのさ。そして彼からレコードを出さないかとオファーしてくれた。それはとてもタイミングの良い話だったね。音楽制作の技術的なことを学び、自分でミックスダウンまでやる。退屈な話になってしまったが、とにかく当時の俺にとっては、とても重要なことだったんだ。それから、ザ・バグとしてやりたいことがはっきりするまで、しばらくの期間があったよ。そのやりたいこととは、変異したジャマイカ音楽のようなものなんだ。俺は、ラガマフィン、ダンスホール、ジャマイカの音楽セッションといったものに没頭していた。その音楽を、自分のルーツを通して作ってみたいと思った。偽りのジャマイカ音楽は作りたくなかった。ザ・バグの当初のビジョンはそういうものだったのさ。
なるほど。しかし、ザ・バグのサウンドというのは進化していっていますよね?
The Bug そうだね、とても変わってきている。今回のアルバムに関して頭を痛めたのが、前回のアルバムのサウンドや方向性と離別するか?しないか?ということだった。最終的に至った結論としては、ザ・バグのアルバムとして聴こえれば、その領域はなるべく広げてみるほうが良い、ということだった。人々がザ・バグに期待しているサウンドの領域をどこまで広げられるか、というのが一種の課題だった。俺はこの6年間で変わったし、聴く音楽のテイストも変わった。アルバムに求めるものも変わったのさ。