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2018.01.05

マネージメントとアーティストがイコールパートナーになっていく時代〜山口哲一インタビュー

リットーミュージック編集部

2015年9月に刊行された『新時代ミュージックビジネス最終講義』(山口哲一著)、2017年9月に刊行された『ミュージシャンが知っておくべきマネジメントの実務』(脇田敬著/山口哲一監修)は、ともにNEW MIDDLEMAN BOOKSの1冊。これは、山口哲一氏がオーガナイズする「ニューミドルマン養成講座」という実践的なセミナーの内容を書籍化したものだ。

そして2018冬期の「ニューミドルマン養成講座」では、『ミュージシャンが知っておくべきマネジメントの実務』に準拠して、さらにアーティストマネジメントを掘り下げていく予定とのこと。著者である脇田氏をコーチに、豪華ゲストも招きながら、2018年2月1日〜3月1日の間に開催される、全5回のシリーズとなっている。
新たな時代のマネージャー像はいかなるものなのか。山口氏に詳しい話を伺っていこう。

ニューミドルマン養成講座
http://tcpl.jp/archives/3164

これからは、他力型のアーティストはのし上がっていけない

----------山口さんは、一貫して、自分の出自はマネージャーだとおっしゃっていますね。

山口:そうですね。いろんなジャンルの書籍を出させてもらい、スタートアップや大企業の新規事業アドバイザーなども手がけて、近年は「エンターテック・エバンジェリスト」とも名乗っていますが、本籍地は音楽業界のつもりだし、アイデンティティはマネージャーです。必ずしも優秀なマネージャーとは思っていません。マネージャーとして、僕よりできる人は山ほど知っていますから(笑)。自動車免許を持ってないだけで、100点減点ですしね(笑)。でも、自分のコミュニケーションの根っこにはアーティストマネージメントのマインドセットとスキルがあると思います。

----------それは、どういう時に感じますか?

山口:なんと言えば良いのでしょうか? 例えばこの6年位、若い起業家、起業志望者との付き合いが増えましたが、彼らとの関係性は、アーティストとの関係性に非常に似ていますね。その人の突出している才能をリスペクトして伸ばしながら、情報や人脈を提供していく、野心的であるが故にバランスを失ってしまった時に、起きるリスクを低減してあげるなど、構造的には非常に似ていると思います。

----------書籍『ミュージシャンが知っておくべきマネジメントの実務』の中でも「アーティストマネジメントは最強のスキルだ」というコラムを書かれていますね。

山口:本当にそう思うんです。本には、僕が手塩にかけて育てたアーティストに卑劣な裏切り行為をされて、人間不信になった時の、友人の事務所社長とのエピソードを書きました。下手な占い師よりは優秀なマネージメントスタッフの方が、人の心が透かしてみる能力が高いと思います(笑)。占い師が自分を占えないように、当事者になってしまうとわからないけれど、僕もそういう友人がいたことで救われました。

----------アーティストマネージメントって大変な仕事なんですね?

山口:これも別のコラムで書きましたけれど、よく冗談で「危険物取扱者主任一級を持ってます」って冗談を言います。必ず意味が通じます(笑)。僕らがイメージする典型的なアーティスト像は、表現活動に突出した才能を持ち、社会との適合に苦労するようなタイプです。だから、社会とのアジャストについて手を貸してあげることが多いですね。でも、もしかしたら、そういう僕らのイメージは古くなり始めているのかもしれないと思います。SNS全盛でDIY(do it yourself)の時代に、社会性を持ってセルフプロデュースできない人は、アーティストとしての成功は覚束ない時代になっている気もします。

---------- アーティストとマネージメントの関係も過渡期であると?

山口: そうですね。起業家との関係性に例えましたが、実は起業家とアーティストには一つ大きな決定的な違いがあります。アーティストはプロジェクトが上手くいかなかった時に、しばしば他人の責任にしますし、そういう発言をします。自分の才能や行動が売れなかった原因と思いたくない人が多いです。でも、起業家は絶対に他人のせいにはしません。だから僕は起業家との付き合いにはストレスが無いんです。ただ、これからは、そういう他力型のアーティストはのし上がっていけない気がしています。情報格差がなくなっていく時代の中で、マネージメントとアーティストがイコールパートナーになっていく時代だと思います。

Sam Smithの事例に学ぶ「新しいタッグの形」

----------何か具体的な事例はありますか?
山口:海外のマネージメント事例は、『ミュージシャンが知っておくべきマネージメントの実務』著者の脇田敬が、研究家と言えるくらい詳しいので、彼からの受け売りになりますが、Sam Smithの事例を紹介したいと思います。アーティストとマネージメントがイコールパートナーとなる時代、2015年にデビュー作でグラミー賞4部門を受賞したイギリスの男性シンガーSam Smithの事例をもとに今の時代のマネージメントを考えてみましょう。

 ネットを使って、アーティストが直接ユーザーに音楽を届けることが出来る時代でも、忘れてはならないのは、目的は多くの人に音楽を届けることであり、人の手を借りずに活動することが目的ではない、ということです。

----------DIYが目的化しては本末転倒、ということですね。

山口:そうなんです。Sam Smithは、10代より天才少年と言われていましたが、何人もマネージャーが交代し、世に出る機会はありませんでした。しかしLADY GAGAのTVインタビューやコンサートを見て刺激を受け、音楽ビジネスの世界でプロになることを決意したことで状況が動き始めたそうです。

----------どういうことなのでしょう?

山口:細かな事情はわかりませんが、音楽的な才能だけでは成功に近づけないということなのでしょうね。音楽ビジネスのプロになるという自覚が、アーティストにも必要な時代なのでしょう。

 彼は、以前オープニングアクトを務めて知己であったADELEのサポートミュージシャンをやっていたElvin Smithがマネージメントをスタートした事を知り、自身のマネージメントを依頼したのがスタート地点だったそうです。

----------Sam Smithが最初に注目されたのは、Disclosure作品「Latch」でしたね?

山口:Jimmy Napesという後のSamの大ヒットアルバムのプロデューサーと「Lay Me Down」という曲を共作し、Jimmyがそのデモを Disclosureに聴かせ気に入られ、作品へのゲストボーカルとしての参加が実現し、ヒットが生れました。これらの動きは、マネージメントElvinが起点になっています。ダンスミュージックの中で居場所をつくって、アーティストとしてのブランディングをつくるという作戦が功を奏しました。 数曲のクラブヒットを経て、Samの歌をメインに据えたソロアルバム『In the Lonely Hour』が誰もが知っている大ヒットとなりました。

グラミー賞を4部門受賞し、その壇上に上がり共に喜び合った、Elvin Smith 、Jimmy Napes。このアーティストとマネージャー、プロデューサーの関係は、バンドメンバーのようであり、ベンチャー起業家のようでもある。才能あるミュージシャンとプロデューサー、マネージャーががっちりタッグを組み、成功した今日的な例だと思いました。ElvinのセンスとネットワークとSamの才能が噛み合ったんですね。

----------今の時代におけるマネージメントの役割を示すエピソードなんですね?

山口:そうですね。日本もこれからは、アーティストとクリエイターとマネージャーが、同じ目線で、連携していく形が増えていくと思います。5年前に僕が始めた頃は、日本人作曲家同士でコーライティングする習慣はありませんでした。作家事務所は自分のコントロールが効かなくなる動きを嫌がるので、今でもネガティブなところが多いようですね。でも昨年後半からソニー・ミュージックが休日の会議室をつかって、たくさんの作曲家に声をかけて、コーライティングするような動きが始まっています。これから日本でも広がっていくと思います。

----------山口さんと伊藤涼さんが日本におけるコーライティングブームの仕掛け人ですね?

山口:5年前に山口ゼミを始める時のテーマが、「コンペに勝つ」と「コーライティングのスキルを身につける」でしたし、書籍も出しましたからね。その頃、日本で本格的にコーライティングやっているプロの作曲家は皆無でしたよ。手前味噌ですが、これからコーライティングを体験する人は、僕らの『コーライティングの教科書』は、是非読んでほしいです。アーティストが作曲家と一緒にコーライトする例も出てきましたし、今後はコーライター作曲家からアーティストデビューするケースも増えてくると思いますよ。

「ニューミドルマンラボ」は、スーパーマン養成講座

----------マネージメントに話を戻しますが、新しい音楽への嗅覚やミュージシャンのネットワークも重要なんですね?

山口:そうですね。もう古典ですが、僕の好きな言葉に、細野晴臣さんの著書のタイトルで「音楽プロデューサーはスーパーマンを目指す」というのがあるんです。サウンド面だけでなく、ビジネス、マーケティング、ビジュアル、歌詞など、全てに精通してアーティストをサポートする存在でいたいと思いますね。

----------山口さんが脇田さんと一緒にやられている「ニューミドルマンラボ」は、スーパーマン養成講座ですか?(笑)
山口:次世代型のスーパーマンを目指しているという側面はあるかもしれませんね。これだけ業界や職域の壁が溶けると何でもわかってないと音楽ビジネスについて正しい判断できないし、戦力になれない気がします。実際問題、音楽ビジネスの再定義、再構築を志向しているニューミドルマンラボは、お招きするゲスト講師も、扱うテーマも多種多様です。スマホアプリやウエブサービスだけでなく、キーワード的に並べれば、ビッグデータ解析、IoT、VR/AR、AI、ブロックチェーンなども概念を理解して、必要に応じて、関わっていく時代になっていますね。

----------そ、それは?
山口:プレイリストプロモーションやリコメンデーションがこれからのPRの主軸になりますが、その裏にはユーザー行動の可視化に伴うビッグデータ解析があります。音楽を楽しむデバイスはIoT化しているし、Music VideoはVR化するし、ライブ中継もVR/AR技術になっていくでしょう。テクノロジーの革新をキャッチアップしていくことは重要です。

----------山口さんがクリエイティブディレクターとしてメディアアート作品を作られてるのもそういう理由ですか?

山口:そうですね。新しい技術は自分で使ってみないとわからないので、まず使ってみる姿勢は大切だと思います。それからミュージシャンズハッカソンやクリエイターズキャンプ真鶴などで、プログラマーやテクノロジストとのネットワークもできたので、彼らと一緒に何か作りたくなったというのもあります。

----------そういえば「2017デジタルアートアワード大賞展」のインタラクティブ部門で優秀賞を受賞されたそうで、おめでとうございます。

山口:ありがとうございます。賞に縁遠い人生なのですが、いただいてみると自分がどうこうよりも関わった人たちにわかりやすいお返しができるのが嬉しいですね。みんな喜んでくれますし。『SHOSA所作〜a rebirth of humanbody』という作品は「センサーシューズ」という技術を通じて富士通に協力していただいたのですが、これで担当の方も社内で説明つくだろうなとか(笑)。

 それにしても僕がメディアアート作品のクリエイティブディレクターをやるなんて夢にも思わなかったです。これまでジャンルや職域を分けていた壁が本当に溶けているんだなと、自分の活動の中で実感します。日本はレコード会社のスタッフだけでなく、ミュージシャンも保守的な発想が多いので、もっと自由に活動してほしいです。Music VideoはMTVと共に発展したフォーマットで、それまではなかった。VRを楽しむプラットフォームが広まれば、そこに音楽主軸の作品を出したみたいと思う方が自然だと思いますフォーマット時代を壊して広げていかないとね。
 2018年は、エンターテックラボという会社を仲間たちと設立して、これまでやってきた「場つくり」を本格的に事業化、クリエイターを支援するサービスにしていこうと思っています。2018年2月3日・4日は、3年ぶりに世界的な音楽ハッカソン「Music Hack Day Tokyo」をやるので、興味のある人は是非、参加してほしいです。

----------最後に、これからのアーティストマネージメントについてまとめていただけますか?

山口:従来の仕組みを理解した上で、無駄なものは無視して、邪魔なものは壊しつつ、有効な部分はモジュールとして活用するというのが、ニューミドルマン的なアーティストマネージメントスタンスだと思います。アーティストやクリエイターとイコールパートナーとして活躍する新しい人材を応援したいです。

ニューミドルマン養成講座
http://tcpl.jp/archives/3164

プロ作曲家育成「山口ゼミ」
http://tcpl.jp/openschool/yamaguchi.html

Music Hack Day Tokyo 2018
http://entertechlab.jp/mhd2018/

山口哲一のエンターテック・エバンジェリスト活動記録
https://www.youtube.com/playlist?list=PLDfnZlVl95wcPsO6bjqMbMBMTghqXzL39


ミュージシャンが知っておくべきマネジメントの実務

品種書籍
仕様A5判 / 176ページ
発売日2017.09.15