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教則本『ネコの手も貸したい 及川眠子流作詞術』から一部を公開。
text by リットーミュージック編集部
J-POPからアニソンまで幅広い仕事で知られる作詞家、及川眠子による作詞教則本『ネコの手も貸したい 及川眠子流作詞術』が好評発売中だ。各紙誌書評やツイッター上で高評価のコメントが多数寄せられている。ここでは、それらの評価を交えながら、内容の一部を紹介してみたい。"最後の職業作詞家"と呼ばれる著者の作詞のテクニックを惜しげもなく明かした本書は、作詞に悩む者たちのバイブルとなるだろう。
一例を挙げると。
"「何を書けばいい?」と思った人には詞は書けない、と、著者ははっきりと述べる。教えてくれるのは、書きたい「何か」を歌詞にする方法だけだ。表現したい「何か」さえあるのなら、確実に書ける方法が詰まっている"(文:西田藍/週刊新潮より)
そうなのだ、この本は「書きたい何か」を持つ人に、「書き方」を教える本なのである。それはテクニックと置き換えることもできる。
"基礎編は、イメージをふくらませ、収斂させる方法が具体的に書かれている。小説や脚本、エッセイなどとは違い、あらゆる事柄が一つの点に向かっていくのが詞やコピー。(中略)章が進むごとに、職業作詞の細かいステップが実例とともに記されている。どの音にどの言葉を当てはめるか、その効果、歌手の声質に合わせた世界観設定。頑張り方、頭のひねり方。なんてわかりやすいのだろうか」(同)
基礎編では、著者独自のメソッドである「フレームとボックス」という概念を用いて、イメージを具体的な言葉にしていく方法が示される。そこから、『残酷な天使のテーゼ』『淋しい熱帯魚』『東京』など著者がこれまでに書いてきた楽曲の歌詞を俎上に載せながら、そこからきわめて明快な作詞術を導き出していく。そして、初級編、中級編、上級編と、ステップアップしていくのだ。その記述は、作詞のテクニックだけでなく、歌詞を提供するアーティストのプロデュース論にまで及んでいく。職業作詞家はここまでやるのかと誰もが驚くに違いない。書評はこうも書いている。
"ところどころからにじみ出る著者の人生観が、実はたまらない。この客観性が、このパトスが、職業作詞家及川眠子を、名曲たちを生み出してきたのだ"(同)
言い得て妙。"客観性が、パトスが"というところが非常に鋭い指摘である。
さて、ネット上にも、本書を称賛する声は散見される。以下、ツイッターより引用。
"べらぼうに面白くて一気読みしてしまった。作詞したことはないけれど、事細かに解説された作詞技法に、視野がみるみる広がって気持ちがいい"
"一言で言って素晴らしい。 読みやすく分かりやすい。さすが言葉選びのプロ。納得しかできない。 社会学的な要素もある気がする"
"作詞の指南書というより勇気の書。作詞以外にも通じることばかり"
「ネコの手も貸したい」で検索すれば、このほかにも多くの賛辞が見つかる。影響力はじわじわと広がっているようだ。
また、本書に帯のコメントを寄せてくれたゴールデンボンバーの鬼龍院翔氏は、"この本の登場により作詞で悩む人がゼロになる"とまで言い切った。作詞をしたい、作詞家になりたいと思う人に一読をお勧めしたい。以下に、本書の一部を公開するので、試しにぜひ一度読んでみてほしい。
◎以下、『ネコの手も貸したい 及川眠子流作詞術』より
『残酷な天使のテーゼ』のストーリーの作り方
『新世紀エヴァンゲリオン』のオープニング曲の作詞は、他の人に依頼することが決まっていたそうなんです。そんなとき、たまたま私のマネージャーが別の用事でキングレコードへ行ったら、その担当プロデューサーに紹介されて、「あ、じゃあ及川さんにお願いしようかな」と依頼されたのです。なので私が作詞を担当したのはすごい偶然なんですよ。
作詞にあたって音楽プロデューサーから言われたのは「難しくしてね。1回聴いただけじゃわからないくらい。でも10 回聴いたとき、不意に涙がこぼれてしまう感じで。そして、哲学してください」ということ。
そのときにアニメのぶ厚い企画書をもらったんですけど、ぱらぱらっと見たくらいです。あとは未完成の2 話分のビデオを早送りで観ました。企画書にはキャラクターの絵も描いてあって、主人公は14 才で、お父さんはいて、お母さんは死んでる、年上の女の人が出てくる。そしてプロデューサーから「歌うのは高橋洋子です」ということを聞いて、大人の女性歌手である高橋洋子が14 才の気持ちを歌うのは変だなと思った。だから詞の視点を「お母さん」もしくは「年上の女」にしたんです。
アニメの主題歌というのはタイトルが入っているのが普通で、これは番組の宣伝も兼ねているんです。なので「入れてほしい」と言われることが多いので、一応プロデューサーに「タイトル入れますか?」と訊いたら「入れなくていい」という返事だった。だからどこにも『新世紀エヴァンゲリオン』や「エヴァ」という言葉が入ってないんです。それが今でもこの曲が「歌」として独立し、人々の心に残っている理由なんだと思います。もしタイトルを歌詞に入れるとしたら......サビの「残酷な天使のテーゼ」のところのメロディに「♪新世紀エヴァンゲリオン~」って入れるくらいしかないけど......これじゃダサいですよね(笑)。
タイトルの『残酷な天使のテーゼ』は、仕事場の本棚に萩尾望都さんの漫画『残酷な神が支配する』があって、なんとなくそれが目に入り、「"残酷"って言葉はいいかも!」と思って、拝借した。なので、詞を書く前に仮でタイトルを決めていました。あとは『新世紀エヴァンゲリオン』って難しげなタイトルだから、曲のタイトルも画数の多いものを持ってきたかったというのもあった。またアニメのファンは熱心なので、CDが発売されたら『オリコン』のシングルランキングの左ページ、50位以内には入るだろうという読みもありました。『オリコン』は業界の人もみんな見てるから、「え? 何だ、このタイトル?」と思うようなものにしたかった、というのもありましたね。
『魂のルフラン』のストーリーの作り方
『魂のルフラン』は、テレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の中の1話をビデオで観せられて、プロデューサーから「これを見て、思い浮かんだことを書いてください」と言われたんです。青い髪の女の子が1 回死んで生き返る、という回でしたよ。そう言うと、エヴァファンは「◯話の『×××』ですね」ってわかるみたいなんだけど(笑)。
それを観て、これは輪廻の話だと思って、それで「魂のリフレイン」という言葉を思い付いたんです。そうなると、曲の出だしの音はどう考えても「私に還りなさい」にしかならないんですよ。ここ「タタリラ、タリラ、タリラ」という変なメロディで、もう「私に還りなさい」としか聴こえなくなってしまった。
そしてサビの最後の部分のメロディが『魂のルフラン』ではいちばん印象的なんです。なのでそこにキメの言葉を入れよう、と考えたんです。でも最初に思い付いた「魂のリフレイン」だと音符にハマらないし、「リフレ」のところで音が抜けて気持ちが悪いから、リフレインを「ルフラン」というフランス語にして、「輪廻=ルフラン」としたんです。タイトルもこのときに付けています。これが決まれば、詞の言葉はもう『魂のルフラン』に向かっていけばいいだけになっていました。
私は未だに『新世紀エヴァンゲリオン』は、作詞したときに観せられた3話以外は見ていません。だから誰と誰が戦っているのかもわからない(笑)。以前、声優の宮村優子に会ったときに「惣流・アスカ・ラングレー役の宮村優子です!」と自己紹介されて、「誰?」「エヴァですよ!」って。スタッフも呆れていました(笑)。しかも私、20 年以上「惣領」だと思ってたら「惣流」だったのね? この前ツイッターで指摘されたんです。「そこまで知らないのか!」って。でも対象に入り込みすぎないというのも、詞を書く上で大事なことだったりするんです。
余談ですが、ついこのあいだアイドルマスターに詞を提供しました(『未完成の歴史』作曲・編曲:椎名豪)。そのときにネットで「及川眠子がアイマスに参戦! ビックリ!」みたいな感じでいろいろ書かれて。私はアイドルマスターはゲームだということは知っていた(というか、発注時にディレクターに説明された)のだけど、それ以外のことはまったくわからないと正直にツイートしたら「エヴァの件で承知してます。及川さんはもうそれで構いません。僕らのアイマスに詞を提供してくれたことだけで充分です」というような好意的なリプがたくさん届いて、私の無知さを許容してくれる、アイマスファンの心の広さに思わず感動しました(笑)。
ネコの手も貸したい 及川眠子流作詞術
品種 | 書籍 |
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仕様 | A5判 / 224ページ |
発売日 | 2018.07.20 |
9月8日(土)、及川眠子のトークショー開催!
プロ・インタビュアー吉田豪が鋭く切り込む!
及川眠子が独自の作詞術について語ります。聞き手は、プロ・インタビュアーの吉田豪。作詞とは? ヒット曲を作るには? 作詞でメシを食うには?といった奥深い題材に鋭く切り込んでいきます。
★『ネコの手も貸したい 及川眠子流作詞術』発売記念トークショー&サイン会★
日時:2018年9月8日(土)18:00~ (集合20分前)
会場:HMV&BOOKS SHIBUYA 6Fイベントスペース
出演:及川眠子 インタビュアー:吉田豪
イベント内容:トーク&サイン会
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