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南澤大介 アーカイヴ・インタビュー〜『譜面の大きなソロ・ギターのしらべ』発売記念
text by 編集部
2000年に発売するとたちまちベスト・セラーとなり、その後も20年を超えて販売されてきたリットーミュージックを代表する楽譜集である『ソロ・ギターのしらべ』。こちらの本がこのたび『譜面の大きなソロ・ギターのしらべ』として再登場することを記念し、旧版巻末に掲載されていた著者・南澤大介氏のインタビューを特別にWEB公開する。現在のキャリアにつながる彼の原点ともいえる作品について自らが解説した言葉には、本書が多くの読者に愛されてきた秘密が隠されている。ぜひ見やすく・丁寧に生まれ変わった『譜面の大きなソロ・ギターのしらべ』と合わせてチェックしてほしい。
なお、WEB公開にあたって表記や語尾を一部改め、ページごとに現在の南澤氏による補足コメントも併載している(全3ページ)。
■■■アレンジについて■■■
ロー・コードでとおして弾けるキーと、
開放弦を使えるキーを探すことがアレンジの柱になる
●まずは曲をアレンジする際のポイントから聞かせて下さい。どのような点を重視してソロ・ギター化したのですか?
南澤 コード進行は原曲のコード感を変えないようにしました。リハーモナイズしてもそれはそれでいいと思うんですけど、ソロ・ギターで弾いてももとの曲の感じを出せるようにしたかったんです。唯一、「主よ、人の望みの喜びよ」だけはあえて原曲と違ったコード付けをしましたけど(*1)。
●編集部の要望として、"チューニングの基本はレギュラーで、変えたとしてもドロップDまで。オープン・チューニングは不可。それでいて難易度の高くないアレンジが中心になるように"ということを提示しました。これだけハードルが多いとアレンジは難航したのではないでしょうか?
南澤 そうですね(笑)。でも、チューニングは普段から変わったものを使わないので、これはあまり重荷にはなりませんでした。ドロップDにするだけでもアレンジの幅はけっこう広がるんです(*2)。
●ソロ・ギターのアレンジをする場合、どこから手をつけるのでしょうか?
南澤 普通のポップスはたいていサビに一番高い音がくるので、まずはその音がロー・コード中心に、移動したとしても5〜7フレットまでで弾けるキーを探す。つまり曲全体がロー・コード主体で弾けるように調節するんです。開放弦がたくさん使えるかどうかも重要になります。このふたつが大きな柱ですね(*3)。
●具体的に開放弦が使いやすいキーというと?
南澤 key=GとD、key=AやEも弾きやすいと思います。頻度の高いコードがセーハじゃないと押さえられないようなキー、例えばkey=B♭やFは避けたい。それならkey=B♭をAに、key=FはEにした方が弾きやすくなりますから。
●それとストレッチを避けるアレンジのコツなどはあるのでしょうか?
南澤 これも開放弦を使うことによってストレッチしなくてもいいようになる場合もあります。あと、どうしてもストレッチが必要な場合、カポを付けてポジションを上げればフレット幅の狭いところを押さえられるようになるので、多少は楽に押弦できます(*4)。
●ソロ・ギター用にアレンジしにくい曲というと?
南澤 メロディが動いていないとキツいんです。タタタと同じ音符が続くと聴いていても面白くないかも。「クリスマス・イブ」はスレスレのラインですね。この曲の冒頭部分で同じ音が続きますが、異弦同音で対処してみました(*5)。
●転調の多い曲もアレンジが難しそうですね?
南澤 サビのくり返しで半音上に転調するような曲は転調なしで弾いてもいいんじゃないでしょうか。楽に弾けるし構成的にも問題ないでしょう。「TSUNAMI」のように曲の合間に転調がある場合は両方のキーがうまく収まるキーを探すか、ダメだったらどちらかのキーを犠牲にするしかないですね。
●本書収録の30曲の中で特に苦労したアレンジは?
南澤 「ボヘミアン・ラプソディ」は長い曲なので時間がかかったなぁ。Aメロ、Bメロ、サビという構成じゃないのでどこを生かすか考えるのが大変でした。あと「枯葉」はスタンダードだから、お手本になるいろんなヴァージョンがあるので、方向性を決めるまでに時間がかかりました。どの曲でも方針が決まるまでが大変なんです。だから「ボヘミアン・ラプソディ」にしても「枯葉」にしても、方針が決まってからはアレンジするのに時間はかかりませんでした(*6)。
●既製曲ではなく、ソロ・ギターのオリジナルをやりたいという人はどのようなステップを踏めばいいのでしょうか?
南澤 やっぱりソロ・ギターの曲の耳コピーじゃないでしょうか。自分の場合はコピーすることがかなり勉強になったと思います。チューニングがわからなかったりすると大変ですが、CDのブックレットにチューニングが載っていたりもするのでそれを参考にしたり、楽譜が出ているものもあるので研究したりしてみて下さい(*7)。
【2022年の南澤より】
*1 当時はまだなんとなく"その方が良いかな"程度でしたが、シリーズを重ねるうちに、「オリジナルの雰囲気を大切に」が『ソロ・ギターのしらべ』シリーズの色になっていきました。
*2 実はもっと若い...20代の頃は、マイケル・ヘッジスの影響からオープン・チューニングを多用していました。
*3 付け加えるなら、メロディの最低音があまり低い弦まで降りてこないようにしています(その下に伴奏を入れなければならないので)。これは今でも同じ。
*4 でも、そうするとオリジナルとはキーが変わることもあるので、今はポジション上げよりもストレッチを回避するような運指を優先しています。
*5 同じ音が続くのは難しい...というのは変わらないですが、異弦同音は別の意味が生じるのと、伴奏に使える弦が減るので、今は使っていません。
*6 これは今でも同じで、方針を決めるまでが大変なのです。
*7 「CDのブックレット」という言葉に、時代を感じますね(笑)。今ならば、YouTubeでご本人の演奏動画を探して参考にする...といったところでしょうか。
■■■演奏について■■■
聴く人が気楽に聴ける演奏が一番いいんじゃないでしょうか
●ギターを弾いている時に一番気を使っていることは?
南澤 音の強弱と消音。あとレコーディングでは鼻をすすらないこと(笑)。つまり余計な音を立てないってことですね。ギターの巻き弦と左手の摩擦で起こるフィンガー・ノイズもなるべく出さないようにしています。これはギターを弾かない人ほど気になるみたいで。純粋に音楽としては必要ない音ですからね。でも、ライヴでは"キュイ"って鳴ってしまってもいいと思います。それを気をつけることによって演奏が損なわれるようだったら、気にせずプレイした方がいいんじゃないのかなぁ(*8)。
●ライヴなどでは演奏のスタンスが違うんですか?
南澤 例えば、マイケル・ヘッジスはステージでは立って弾くんです。弾きやすさでは座った方が上なんだけど、ステージを観せるといった観点から立っている方を選んでいるんですね。少々演奏が荒くなっても観られていることを意識した方が淡々と弾くよりもカッコいいですから。それと楽に弾ける曲を選ぶことも重要ですね。練習の時でも80%ぐらいしか成功しない曲を目一杯一所懸命弾いても、聴く側に緊張が伝わってしまう。余裕で弾けるぐらいがちょうどいいと思います。
●場合によっては音を抜いてアレンジを簡略化してしまうのもありと?
南澤 全然いいんじゃないでしょうか。ギタリストが思っているほど聴く人は難しいことを要求していないと思うんですよ。特にソロ・ギターは練習自体も楽しいし難しいことをやるのも楽しいので、どうしても技術的なことに意識が行ってしまうこともありますよね。でも一番大切なことは、聴く人が楽に聴けるものかどうかじゃないでしょうか(*9)。
●結婚式の披露宴で演奏を頼まれるケースってよくありますよね。この場合はどのようなことが重要になるのでしょうか?
南澤 どうですかね(笑)。短くまとめた方がいいと思います。大サビをはしょるとか。披露宴には音楽のことがよくわからない人もいるわけですし、演奏者のギター・プレイを聴きに集まったわけではないので。
●自宅での練習はどのような姿勢で取り組んだらいいと思いますか?
南澤 意識的に取り組むようにしたいですね。ただ単に弾いているだけじゃなくて、自分の演奏を客観的に聴くことが必要だと思います。弾きながら自分でジャッジができなければテープに録音した方がいいです。"ここはメロディが沈んでいるなぁ"とか"リズムが走っている"とか、まず自分のプレイの問題点を知る必要がありますね。それがわかったら、そこをくり返し練習すればうまくなるはずです(*10)。
●リズムに関してですが、メトロノームを使っての練習はどうなんでしょうか?
南澤 今回のレコーディングではクリックを一切使っていません。自分でリズムをコントロールしてメロディを歌わせるのって重要だから。歌モノのポップスをソロ・ギターで弾く場合、最終的には自分でリズムをコントロールした方がいいんじゃないでしょうか。ただ、練習時にうまくリズムが表現できてなかったら、その部分をメトロノームに合わせて弾く練習も必要だと思います(*11)。
●他に重要なことというと?
南澤 休符や消音を大切にすること。音楽的に表現することは"フレーズの切れ目"っていうのが大切になるんです。フレーズの切れ目に休符があった場合、そこをダラ〜と伸ばしてしまうと流れが消えてしまう。ただ、すべてのことを譜面に表記すると煩雑で読みにくくなってしまうので、スタッカート記号などは省略しました。なので、細かいニュアンスは付属CDをよく聴いて感じ取って下さい。
【2022年の南澤より】
*8 今は、レコーディング時にはマスクをしています(鼻もすすらないようにしてますが)。フィンガー・ノイズは昔ほど気にしませんが、酷い時はその一瞬だけレベルを下げたり、別テイクのノイズが小さければそれを貼り付けたりしています。
*9 「聴く人が楽に聴けるものかどうか」これ大事。
*10 自分が気付かない/気付けないことは直せないので、客観的な視点は本当に大切。「テープに録音」も古いなぁ...スマホでも何でもいいので、録音か録画してみる...という意味に捉えて下さい。
*11 この時は偉そうなことを言ってますが、最近ではクリックに合わせて録音することもよくあります。
■■■レコーディングについて■■■
音で選ぶにしろデザインで選ぶにしろ、
要は愛着が持てるギターかどうかが大切だと思います
●レコーディングにはどんなギターを使ったんですか?
南澤 マーティンのD-35です。僕が学生の時に買ったので、そんなに古いモデルではないですよ。ペグはマーティンの別のものにして、ストラップ・ピンとピックアップを付けてみました。
●D-35を選んだ理由は?
南澤 D-28のように低域がよく出るサウンドより、高域が欲しかったので。もともと低域指向ではないんです。
●ギターを選ぶ際、材などは気にする方ですか?
南澤 一切気にしません。弾いてみてよければそれを買うという感じです。実は材のことをあまりよく知らないので(笑)。もちろん材でギターを判断できる人はそれでいいと思いますけど。あと、デザインで選んでもいいんじゃないでしょうか。カッタウェイがあった方がカッコいいという人はそういうギターを弾けばいい。音にこだわりがある場合はそれに則したものを使えばいいんじゃないでしょうか。弦を替えて音が変わるのであればいろいろ試せばいいし。音で選ぶにしろデザインで選ぶにしろ、要は愛着が持てるかどうかが大切だと思いますよ。僕の使っているD-35にも理屈を超えた愛着があるんです(*12)。
●弦はどんなものを?
南澤 ヤマハの012〜053の弦です。楽器店の方に"もう少し高域が欲しい"と相談したらこの弦を薦めてくれて。一方他の弦も試してみたんですけど、やっぱり高音の出がヤマハの方がよかったんです(*13)。
●ソロ・ギター向きのギターというと?
南澤 繊細な音をよりきれいに出せるものがいいんじゃないでしょうか。だからドレッドノートのような大きい音をガンガン出すようなギターではありませんね。
●ガット弦のギターはどうなんでしょう?
南澤 クラシック・ギタリストはそれでソロ・ギター的なことをやっているのだから問題ないでしょう。ただキャラクターが全然違うので、サウンド的には別の楽器ととらえています。それからクラシック・ギターはネックの太いものが多いので、普段エレキを弾いている人には違和感があるかも。そんな場合はガット弦のエレアコを使ってみるといいんじゃないでしょうか。エレガットはネックの細いものもありますから。
●録音方法についてお伺いします。今回はマイク録りで、ピックアップは使わなかったんですよね?
南澤 はい。マイクとピックアップは別モノです。サウンド的には両者の持ち味は違いますから。レコーディングでは音の好みで使い分けた方がいいんじゃないですか。ライヴでは話が違ってくるけど。
●マイクはどの辺に向けているんですか?
南澤 サウンドホールではなく、そこよりネック側の(弾いている状態を基準に)やや下あたりを狙って録っています。サウンドホールにマイクを向けると低域と中域が出過ぎてしまうんですよ。本当はもっとネック寄りにしたいんですけど、弾く時に邪魔なので。で、使用マイクはRODEのNT-1です。シャリシャリ感が強調されるのでこれを使ってみました。
●その他のレコーディング機材を教えて下さい。
南澤 録音はコンピュータを使って行いました。パソコンはマッキントッシュのG4で、ソフトはマーク・オブ・ザ・ユニコーンのデジタル・パフォーマー。リバーブやリミッターといったエフェクトもデジタル・パフォーマーでかけています。マイクとコンピュータの仲介をするオーディオ・インターフェイスはパフォーマーと同じメーカーの1224です(*14)。
*
●では、まとめ的な質問に移りたいと思います。ソロ・ギターの魅力とは?
南澤 バンドのメンバーがいらないので気を使う必要がない(笑)、場所を選ばずひとりで演奏できる。同じソロでも、例えばピアノはどこでもできるわけじゃないですから。音楽的可能性はソロ・ギターの方が大きいはずです。それと、6本の弦でメロディと伴奏をやらなくてはならない"限られた条件で行うアレンジの面白さ"があるんです。俳句と似ていますね、引き算の楽しさというか。すべてのアンサンブルをギター1本でやらなくてはならないわけですから音を削らなくてはならない。そうすると曲の中で一番キモになっている部分が浮き上がってくるんです。...若い頃の僕はソロ・ギターに傾倒していたんですけど、最近は打ち込み音楽などの作曲の仕事の方が多いんです。で、今回『ソロ・ギターのしらべ』を作ることによって限定された枠で行う音楽の面白さを再発見できました。当時は見えなかったことが、いろいろ見えるようにもなったし(*15)。
●最後に本書を作り終えての感想を聞かせて下さい。
南澤 30曲は多かった(笑)。とにかく30曲分のアレンジ方針を決めるまでが大変で...。まあ、それは置いておいて、自分がソロ・ギターに熱中していた頃にこういった本があったら、絶対入手していました。そういったものに仕上がったと思います。ただ弾くだけでもいいし、アレンジの参考にしていただいてもいいし、付属CDを聴くだけの曲があってもいいと思う。読者それぞれのスタンスで楽しんで下さい。とにかく、本書を手にしたことがきっかけで、ソロ・ギターの魅力に気づいてくれる人がいたら嬉しいですね。ソロ・ギターというのはチャレンジしがいのあるジャンルだと思いますから。
【2022年の南澤より】
*12 このあと、音のバランスや残り方などが気になり(ある意味、鳴りすぎるのです)、結局D-35を使ったのはこの本だけでした。
*13 そういえば当時はライト・ゲージを使っていました(忘れてた)。今は1、2、6弦をミディアム・ゲージにした、Wyres社のカスタム・セットを使っています。
*14 機材もその後いろいろ変わりましたが、録音ソフトはまだDigital Performerを使っています。
*15 その後、紆余曲折を経て、今の仕事の中心はソロ・ギターです。それもこれも、この本があったからですね。ありがたや。
『譜面の大きなソロ・ギターのしらべ』
(著:南澤大介)
2022年2月15日発売
南澤 大介(みなみざわ だいすけ)
1966年12月3日生まれ。作・編曲家として、プラネタリウムや演劇、TVなどのサウンドトラック制作を中心に活動中。近作に、NHK教育TV「しらべてゴー!」(作曲)、フジTV「ブザービート」(ギター演奏)など。高校時代にギターの弾き語りをはじめ、のちソロ・ギター・スタイルの音楽に傾倒。マイケル・ヘッジス、ウィリアム・アッカーマンら、ウィンダム・ヒル・レーベルのギタリストに多大な影響を受ける。 92年、TVドラマ「愛という名のもとに」サウンドトラック(作曲:日向敏文)への参加が、プロ・ギタリストとしてのデビュー。ギター1本でロックやポップスの名曲を演奏したCD付き楽譜集『ソロ・ギターのしらべ』シリーズ(小社刊)が累計50万部を突破し(2022年現在)、楽譜としては異例のベストセラーを続けている。