高野修平さんの『始まりを告げる《世界標準》音楽マーケティング』は、音楽業界のスタッフのみならず、“音楽を届けること”に意識的なアーティストやクリエイターにも広く読まれている著作です。中でも浅田祐介さんは、ペーパー版と電子版の両方で本書を読まれ、SNS上でいち早く感想を述べていたのが印象的でした。そこで“今、音楽を稼ぐ方法”の特設ページでは、お2人に対談をしていただくことに。“音楽の届け方”を真剣に考えているだけに、マーケターとサウンドプロデューサーという立場の違いを超えて、濃密な議論が交わされました。
●浅田 高野さんの今回の本は、ミュージシャン/サウンドプロデューサーで事務所も運営している僕にとっては、すごく勉強になりました。また、僕が教えている学校(尚美ミュージックカレッジ)の授業では生徒に自分のクワトログラフを描かせるようなこともしていて、実際にお世話になっているという面もあったりします(笑)。それで今日の対談も楽しみにしていたんですけど、幾つか絶対に伺いたいことがあって、まずはタイトルにある“世界標準”という言葉についてなんですね。グローバル化とかフラット化にも近い印象がある言葉なので、どういう理由でこの言葉を選ばれたのかな、と。
○高野 “世界標準”という言葉は、ONE OK ROCKの項を書いている時に出てきた言葉なんですね。「あ、彼らは目指しているのが世界なんだよな」と思ったのが、きっかけです。それで、「世界基準」とか「世界指標」とかいろいろ考えたんですけど、やっぱり世界での音楽マーケティングと日本の音楽マーケティングはまだレイヤーが全然違ってて、それで「フラット化」と浅田さんがおっしゃいましたが、音楽そのものだけでなく、マーケティングも“世界標準”で届けたいという思いでタイトルを付けたつもりです。
音楽って感情のものだから、売るにあたっては、いわゆるコモディティとは違った難しさがあると思うんです。だからこそ、デジタルマーケティング、PR、ソーシャル、そしてマスメディアを上手く組み合わせて使う必要があるし、それができれば、今は不況だと言われている音楽業界も復権できるんじゃないか。音楽がまたイケている状態になるんだ! という願いを込めたつもりです。
●浅田 確かにいま、音楽を軸にしたイケている行為がどんどん減ってしまっていますよね。これを1つ1つ取り戻していかないと、音楽自体がイケているという状態にはならない。「これを聴いていないとカッコ悪い」「学校で話題に付いていけない」みたいに、なんとかして音楽をイケている状態にしないとまずいですよね。
○高野 音楽不況の話から始まって、レーベル不要論とかもよくありますけど、僕自身はレーベルが絶対に必要だと思っているんです。やっぱりDIYでやっていても、「Mステ」みたいな番組に出たり、ラジオや雑誌などで露出するのは無理ですから。そういう意味では、レーベルのPR・パブリッシングパワーはすごい。ただ、あれにちょっと手を加えることで、届き方も全然変わるし、スパークする可能性も高まるんじゃないか。そういうことをできる人が、内部でも外部でもどんどん増えていけば、音楽がイケているという空気が醸成されるはずです。そうすれば、奏でる人も、届ける人も増えていって、状況はさらに変わっていくと思います。それなのに今はどうしてもツールありきの話になって、Spotifyがどうこうみたいなことになってしまう。でもSpotifyはまだまだ業界ゴトだし、道を歩いている人はほとんど存在すら知らない状態です。もちろんSpotifyを始めとした音楽サブスクリプションサービスは根付かせないといけないと思いますが。
●浅田 Spotifyに関しては、どうすごいかという話は音楽ファンはもうみんな知っているわけだから、もう始めないとダメな段階ですよね。
○高野 できることなら、本当に早く始めて、その上で、Spotifyがどれだけ素晴らしいかを、音楽ファン以外にも届けないといけないでしょう。いろんな事情は当然分かります。音楽サブスクリプションサービスで言えば、地方の若者が使うようにならないと意味が無いと思います。
●浅田 THE BIG PARADEではkzくんと“音楽を届けるチーム作り”をテーマに対談されていましたが、さっきのレーベルは必要という話とも絡めて、これからのチームについての高野さんの考えを教えていただけますか?
○高野 kzくんと話したのは、「音楽を届けるチームって変わったよね」ということでした。もちろん、レーベルがいて、事務所がいてっていうのがダメというわけではなくて、そうじゃない形があっても良いね、と。もしくはそこにプランナーが加わるカタチというか。じゃあ最少人数のチームってどうなのかを考えたら、本人(音楽を作る人)とマネージャーとプランナーになるんじゃないか。その際、本人が音楽を作るのはもちろんですけど、届け方まで意識しているかどうかが、すごく大きいと思うんですよね。実際のアイデアが出てくるかどうかは別にして、そういう意識を持っているかどうか。
●浅田 ただ良い音楽を作ればOK、というわけではない。でもそれは、僕が仕事を始めたときでも同じだったかもしれない。メジャーデビューで大喜びしていると、その後が続かないわけですから。
○高野 そういう意味では、いま結果を出している人はみんな届け方を考えているし、クリエイターでありマーケターなんだと思います。そして、その届け方の部分を翻訳するのが、僕の仕事。THE NOVEMBERSなんかもまさにそうで、ボーカルの小林くんはどうやって、誰に届けるかをものすごく考えながら音楽を作っているんです。だけど専門がプランナー/マーケターではないから、彼の意図とか物語を聞いた上で、それを僕が変換して世の中に出すというチーム作りをしているんです。
●浅田 まさに新しいチームなんですね。
○高野 アルバム『Rhapsody in beauty』をつい最近出したんですけど、そのプロモーションでは、ありとあらゆるものを使いました。もちろんフィジカルでもリリースしましたし、YouTubeでのフル公開、Spotifyでの世界先行配信などもしていて、そうするとファンも「最近のTHE NOVEMBERSって音楽の届け方が変わってきた。面白いよね、イケてるよね」という反応をしてくれるんです。“音楽だけ”ではもはや厳しいので、音楽+アルファの物語をいかに作り出すかなんだと思っています。でも、大切なのは突飛なことをやればいいわけではないということ。素晴らしい音楽があって、その物語や文脈に沿ったカタチで展開させたり、発展させたりすることだと思います。コンテクストがあるかどうかがポイントだと思ってます。ツールやプラットフォームありきではなくて。
●浅田 本の中ではさまざまな事例を紹介されていて、非常に興味深く読ませていただきました。その上で、仮に新人バンドからソーシャルメディアの活用に関して相談されたら、高野さんだったらどう答えるのかなと思ったんですよね。実際、いろいろなアーティストのサポートもしている中で、どういう風に対応されています?
○高野 新人の場合は、とにかく基礎体力を付けることではないでしょうか。ものが良くなければ、いくら仕掛けても無駄ですから。だからライブをしまくるとか、演奏技術や作曲能力を上げるのが、先決でしょう。あとは、徹底的にヒアリングをします。誰に届けたいのか。何人規模で届けたいのか。どうなりたいのか。オリコン1位になるとか武道館でやりたいではなく。もっと根源的なことというか。それを踏まえて、コミュニケーションデザインの物語を作ります。
●浅田 単純に、バイラルでバズらせることを目指すわけではない。
○高野 そもそも新人だとなかなかバズは起こせないですし、バズれば良いというものでもないですから。だから、バズらせることを目的にはあまりしません。それでバンドなんかは特に、「ベースキャンプとなるライブハウスを作った方がいいよ」と言うところから始めたりもします。頻繁にライブをやっているのに、ベースキャンプが無かったりすると、もったいないんです。“ここに行けば会える”という物語があれば、まずは時間はかかりますが、そこから広げていけますから。あとソーシャルに関しては、「今のうちに実験をしまくった方がいい」ということも言います。例えばTwitterであれば、どういったものがリツイートされるのか。どういったつぶやきでフォロワーが増えたのか、減ったのか。ただ漫然とツイートやリツイートをしているだけでは、意味がありませんから。いろいろトライをする中で経験を積んでおけば、いざ上手く階段を上がったときに活かすことができるわけです。
●浅田 その段階だったら、いくら失敗しても大丈夫(笑)。
○高野 まさにそうで、ただアカウントを開設して、「ラーメン食べた」とかでもいいですけど(笑)、それで本当に意味があるのかっていうことですよね。結構不思議なんですけど、ソーシャルでは“何となくやっている”ことが多いんですよ。例えばUstreamをやっているアーティストがいて、「何でUstなの?」って聞いても、「いや、何となく」って。Ustの視聴者が自分たちの音楽と親和性が高いならまだしも、“何となく”だったらニコ生でもYouTubeでも良いじゃんっていう話じゃないですか? そういう“何となく”がアーティストにも仕掛ける側にも多いのは、すごくもったいないと思ってしまいます。
○高野 浅田さんが授業でクワトログラフをお使いというのは、具体的にはどんな感じなのですか?
▲ソーシャルグラフ、ミュージックグラフ、リレーショングラフ、インタレストグラフからなるクワトログラフ(『始まりを告げる《世界標準》マーケティング』より)
●浅田 尚美ミュージックカレッジのアレンジ・作曲学科で教えているんですけど、“ただ音楽を作れるだけではもう意味が無い、自分の曲を売る方法も考えろ!”ということで、その流れの中で、クワトログラフを書かせるようにしているんです。面白かったのは、ミュージックグラフがデスメタル、インタレストグラフがマラソンとか運動だったかな? そういう生徒に企画書を書かせたら、新しいラジオ体操を提案してきたんです。高度成長期に生まれたラジオ体操に代わって、この混沌とした時代にふさわしい、ヘッドバンキングを取り入れたラジオ体操第3を作るべきだって(笑)。
○高野 それは面白い(笑)。ぜひ見てみたいですね。
●浅田 知識とか記憶をネットに外付けできるようになったいま、何かを知っているとか、何かを覚えているということの優位性ってかなり低いと思うんですよ。それよりは、遠くにある2つのものをつなげる連想力が大事なのではないか。そういう考えもあって、クワトログラフを授業に取り入れている面もあります。僕らが若いころはラテカセっていうものがあって、ラジオとテレビとカセットレコーダーが一緒になっていたんですけど、変なものがつながるとワクワクするじゃないですか? いまだとグーグルグラスなんかもそうですね。そういう、普通の人では思いつかないような連想力を育てないといけないなって思っています。例えば大相撲とシャケ弁当というお題があったら、5個のワードを挟んでつなげるわけです。大相撲→幕の内弁当→シャケ弁当では、3個だからダメ。その間に3つは入れる必要がある、という感じですね。あんまり近いと連想にならないので、間をすっ飛ばしてつなげてほしいんです。
○高野 “世界標準”で書いた例で言えば、ギャルがいやらしい下着を作っても「ふーん」なんですよ。でもギャルが農業をやれば、「オヤ?」ってなるわけですね。音作りに関しては分からないですけど、届け方という部分では似てますよね。でもこれは、奇をてらうということじゃないんです。物語を作った上で、それに則したタネを植えるっていうことができないと、なかなか厳しいんだと思います。
●浅田 あと授業で僕がよく言うのは、「日本のマーケットはシュリンクしていくだけだから、海外に出て行くことを考えろ」っていうこと。海外という見え方が難しいんだったら、アジア圏内と考えてみるのも良いでしょう。インドネシアの人はどんな音楽を聴くのか、韓国の人はどんな音楽だったら聴いてくれるのか。そういうことを考えろ、っていう話をしているんです。個人的には、きゃりーぱみゅぱみゅのように洋楽のコンテクストに沿いながら、日本人らしさもあるアーティストがこれからも出てくるんじゃないかなと思ったりもしていて。
○高野 確かにそうですね。
●浅田 ちょっと暗い話ですけど、震災以降、僕にはどの音楽も目の前の風景に合わないんですよ。地下鉄の構内、渋谷の街、文京区春日……どこで聴いていてもすごくミスマッチ感がある。でも、きゃりーちゃんの音楽は、少なくとも原宿を歩いている時にはすごく合う。それで言うと、シューゲイザーは東京の町並みにすごく合うかもしれない。あとは、デッドマウスの謎なポリリズム感もすごい東京に合うと思うけど(笑)。
○高野 たまたまなんですけど、THE NOVEMBERSの今回のアルバム『Rhapsody in beauty』がめちゃくちゃノイズで、超シューゲイザーなんですよ。この前ライブを見に行ったら、マイブラ以上じゃないかっていう爆音を出していたりもして(笑)。で、2014年5月に『今日も生きたね』というシングルを出しているんですけど、日本語詞なのにSoundCloudでスパークして、ホットトピックに入っちゃったんですね。FUJI ROCKでも、欧米人のオーディエンスがたくさんいて、反応も良かった。そういうこともあって『Rhapsody in beauty』をSpotifyで世界先行配信したのは、完全に海外戦略の第一歩ですね。ニーズとウォンツを選びとってプランニングしていくというか。浅田さんの場合、例えばYun*chi「Waon*」だと国内向けに作る楽曲と比べて、何か違うことをしていたりします?
●浅田 日本の邦楽感……例えばサビ前で転調するとか、サビ前に1小節のフィルインが入るとか、メロディの感じを、海外のリスナーにも面白がってほしいという気持ちがあるんですね。だから僕は、国内向けとか海外向けとかは全然意識していないです。逆に日本向きに書いた方が、海外の人たちには変な風に聞こえたりして、喜んでもらえるんだろうなって。ただ、日本国際放送の原田悦志さん(J-MELOチーフ・プロデューサー)と1つ仕掛けたのは、海外で“歌ってみた”みたいなことをやっているYouTuberの女の子たちに、コーラスをやってもらおう、ということだけ。それで彼女たちにカラオケとローマ字の歌詞カード、Yun*chiの仮歌を送って、どんな環境でも良いから歌を録ってもらって、そのデータを僕のdropboxアカウントに放り込んでもらうことにした。それで、イタリア、ドイツ、アメリカ、フランス、モロッコ、インド……ありとあらゆる国からデータが送られてきて、ハードディスクがどんどんふくらんでいったんですね。あのさまはめちゃくちゃ上がったし、久々に音楽でワクワクしました(笑)。そのあとで、インドネシアでYun*chiが「Waon*」を歌うことになって、サビだけインドネシア語にしたんですね。そうしたら、YouTubeで練習してきてくれて、1万5千人が一緒に歌ってくれたんです。僕らがやったローカライズは、それだけですね。むしろ、日本向けに作られているからこそ、面白いだろうということなんです。
○高野 つまるところ、日本であれ、シンガポールであれ、文脈つまり物語を生み出せるかどうかだと思います。そして、それが押し付けがましくなく自然にすっと入ってくる物語というか。そのためにソーシャルメディアやマスメディアを有効活用して、音楽がもっと日常になってくれればと思います。
●どうもありがとうございました。
この対談の内容に興味を持った方は、高野修平著『始まりを告げる《世界標準》音楽マーケティング』もぜひご覧ください。
高野修平 プロフィール
1983年。東京都生まれ。 インターネット広告代理店セプテーニ入社。web制作会社を経て、現在はデジタルマーケティング、ソーシャルメディアマーケティング支援会社トライバルメディアハウスにてコミュニケーションプランナー/サブマネージャーとして所属。 音楽業界ではレーベル、事務所、放送局、音響メーカーなどを支援。 音楽業界以外にも様々な業種業態のコミュニケーションプランニングを行っている。 音楽においては日本で初のソーシャルメディアと音楽ビジネスを掛けあわせた著書『音楽の明日を鳴らす-ソーシャルメディアが灯す音楽ビジネス新時代-』、『ソーシャル時代に音楽を”売る”7つの戦略』を執筆。講演、寄稿など多数。 また、THE NOVEMBERSのマーケティング、コミュニケーションプランニングなども手がけている。
浅田祐介 プロフィール
1968年東京生まれ。PRODUCE/COMPOSE/VOCAL
GUITAR/KEYBOARD。
1995年にフォーライフからデビュー。4枚のアルバムをリリース。サウンドプロデューサーとして、Chara、傳田真央、Crystal Kay、玉置成実、CHEMISTRY、織田裕二、キマグレン等々、数多くのアーティストでヒット曲を作り出した、日本を代表するサウンドプロデューサーの1人。文化放送「Come On Funky Lips」パーソナリティ、スペースシャワーTV『SONIC TRAIN』ACO と共にパーソナリティ、日本テレビ「歌スタ」歌い人ハンターなども務める。
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