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音楽講師の仕事を目指す人のヒントに少しでもなれたら。

宮脇俊郎

ギタリスト/ギター講師

多数のギター教則本や音楽理論書で知られる宮脇俊郎氏。今回は新刊『音楽講師の始め方と続け方』の話題を中心に、音楽講師という仕事について、さまざまな角度から語っていただいた。

※このインタビューは2012年12月に行われました。

音楽のスキルを他人に継承できれば、感動はその後もずっと続くし、発展もしていく。

●『音楽講師の始め方と続け方』を執筆した動機からお話しいただけますか?

○ネットが普及した現在、誰でも簡単にホームページを作ることができるようになりました。音楽講師は公的な資格が一般化していない状況ですので、生徒募集のホームページを立ち上げた瞬間から、音楽講師になったと宣言することができます。ただしどのようなスキルが音楽講師には求められるのか、多くの人は手探りなのが実情だと思います。生徒募集をかけても人が全然集まらないとか、レッスンを受けに来てもすぐに退会してしまうなど、仕事としての軌道に載せられないで悩んでいる人もいることでしょう。またキャンセルなどのトラブル処理やレッスン料金設定など、細かく挙げればきりがありません。音楽講師の仕事を目指す人のヒントに少しでもなれたらと思い、本書を執筆を決めました。

●本書の第1章の第1節「講師は歴史の一部!」では、音楽講師という仕事が持つ歴史的な価値やその魅力について書かれていますね。「“音楽の演奏では生活ができないから教える仕事をする"という後ろ向きな考え方は捨てましょう。教えることも演奏そのものと同じくらい大事なことだと、私は考えています。」という文章も見られます。

○音楽家の多くが、誰かしらの影響を受ける中で音楽を創り出しています。誰にも教わったことが無いという人も、レコードが擦りきれるほど聴いてフレーズをコピーしていたとか、広い意味で過去の偉人達に教わってきているのです。オリジナル曲だと主張しても、それが440Hzでチューニングされていたり、既存のスケールに沿っている時点でそこから免れることはできません。

音楽の長い歴史の中で自分はその一瞬に過ぎない、という気持ちを少しでも持つことができれば、学んで培ったスキルを次の世代に伝承していくことの意味が分かるはずです。人を感動させることのできる演奏技術を習得しても、自分がいなくなったらそれで終わりです。でもそのスキルを他人に継承できれば、感動はその後もずっと続くし、発展もしていきます。

年齢を重ねるにつれて教える側に回る人が多くなるのは、体力的な問題だけでは無いと僕は考えています。若い頃は、己だけに関心がいきがちですが、やがて自分の人生がどのように人と関わっていくことができるのか考えるようになるものです。その時に音楽講師の仕事が魅力的なものに映るのは自然なことですし、価値あることだと思っています。

ワクワクしながらいつのまにかスキルを積んでた。

●第1章の第2節「働き方の形態」には、「自宅兼教室型」「レンタル事務所型」「音楽教室と契約」「楽器店や練習スタジオと契約」「音楽系スクールに所属」「楽器店の販売員兼インストラクター」「完全派遣型」という7形態のメリットとデメリットが、とても具体的に書かれていますね。宮脇さん自身は、これらのうちのどれを実際に経験してきたのですか?

▼働き方の分類(クリックで拡大できます)

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○振り返ると本当に紆余曲折でした(笑)。ネットも今ほど普及していなかったですし、音楽講師がどういうものなのか書かれた本は当然ありませんでした。1990年頃に僕は楽器店でギター講師を始めることができました。これは「完全派遣型」です。

その後、本を書く仕事が多くなっていきまして、1999年頃から読者の人などからの問い合わせに応じて自宅の一室でレッスンが始まりました(自宅兼教室型)。ネットはまだまだ普及していなくて、電話で問い合わせがあって資料を郵送するというパターンが多かったですね。

2000年になって思い切って独立し、楽器店や練習スタジオと直接契約しました。またレッスン専用にマンションを駅近に借り、宮脇俊郎ギタースクールを開講(レンタル事務所型)。2003年に宮脇俊郎ギタースクールとして有限会社化しました。

現在もそれを続けながら、楽器店でのセミナーや、音楽専門学校の講師などもやっています。数年前には、事務所にもう一室を設け、音楽教室などに貸し出す業務も開始しました。これは音楽交流を主目的と考え、採算度外視でやってます。それにしてもあらためて思いますが自分のこれまでの推移、かなりの項目を網羅してますね(笑)。

●音楽講師を続けていくためには、楽器が上手いだけではだめで、コミュニケーション能力やカリキュラムを作成する能力、クレーム対応力も必要。さらには宣伝のためのホームページ作成や、財務処理まで、じつにさまざまなスキルを身につける必要があるようですね。宮脇さんは、これら多数のスキルをどうやって身につけていったのでしょうか?

○ほとんどは興味本位の手探りから始まってます(笑)。ホームページは1995年頃から興味を持ち始め、テキストでhtmlを書いて趣味的ホームページを作ったりしていました。確定申告は多くのミュージシャン同様、白色申告で領収書とか計算していました。経費でどこまで許されるのか何度も税務署に行ったりしました。

コミュニケーションに関しては、すごい脱線したネタで恐縮なんですが、地元にファンタジーというカラオケ飲み屋があるんです。ある時「そこで歌って踊ってみんなと仲良くつながるスキル」を身に付けようと思い立ち、通い始めたんです。多い時に週3日。一人でカウンターに座って、見知らぬお客さんと仲良くなり、アリスやミスチルを歌ってみんなを盛り上げようとしてました。夜ごとにお客が違うので、素晴らしき夜になるのは3割未満(笑)。時にはケンカの仲裁をしたりとか。それらの経験は、初めて会う人に対してのコミュニケーションや、空気を読むというところで役立っているかもしれませんね。

また時には、どう見ても普通の年いった飲んだくれのオッサンなのに、ビートルズを歌うと異様にプロレベルで巧かったりすることもありました。そういう場面に遭遇することで、音楽に長けた人はどこにでもいっぱいいるんだなぁ、とある意味謙虚になれたと思います。まあこれらは修行というよりは、飲んで歌いたかっただけという見方もありますが(笑)。

結局はワクワクしながらいつのまにかスキルを積んでた、というのが多いように思います。「なんか面白いことないかなぁ、便利になるシステムないかなぁ、DVDとかでレッスン記録して渡したらお役立ち度アップしそうだなぁ」などなど、自分にとっての出発点というか原動力はそういうワクワク感であると思います。先日も4台のカメラ映像をギターのスイッチャーで切り替える実験に挑み、成功してめっちゃ嬉しかったです(笑)。

演奏活動がもたらすレッスンへのフィードバックは、とても有効。

●10名の現役音楽講師のアンケートも興味深かったです。特に「収入の割合」の項目を見ると、“講師6割、演奏3割、曲提供ほか1割"などと書かれていて、演奏活動も行っている人が多いことがわかりました。講師の仕事と演奏家としての活動を両立させるためのコツは?

○人前で全く演奏経験の無い音楽の先生というのも想像しにくいですよね。というか生徒の前で演奏を示す時点で人前での演奏だとも言えますし。なのでライブやレコーディングなどの演奏活動がもたらすレッスンへのフィードバックは、とても有効であると思います。

過去に於いて豊富な活動歴があって、現在は一線を退いてレッスンの仕事に専念している音楽講師もいますが、数十年前のライブ経験の話をされても現在の世の中と乖離した印象になり得ますし、ライブやレコーディングのリアルな印象を語る上でも、やはり人前での演奏機会は現在進行形で保持しておきたいところです。僕の周りには週2~4回くらいの音楽講師活動と、残りのところで演奏活動に充てている人が多いですね。講師以外の日にうまくライブが入ればいいのですが、毎回そういうわけにもいきません。代講や補講でそれを上手くカバーしているのが実情だと思います。

僕の場合は楽器店でのセミナーの仕事が多くたいていは土日になるので、専門学校での仕事とかぶることは少ないです。また長期に渡る地方巡業はなるべく夏・冬休みを中心に組んでもらったりしてます。いずれにしても、華々しい演奏活動が多ければそれに憧れて学びにくる生徒も多くなりますが、同時にスケジュールの都合から休講も増える、このジレンマは音楽講師の多くに共通するところだと思います。

教育学・教育心理学を学ぶことによって得たことも。

●音楽講師に向いている人とは? また向いていない人とは?

○「人に教えているとイライラしてくる、そんな時間があったら自分の音楽を創造することに充てたい」などという純粋アーティスト型は、クレームの発生が懸念されます。ただしひと握りの生徒さんに対しては、一子相伝の如くその高度な技術を伝承することは可能だと思います。いつの時代にもそうやって歴史に名を残すアーティストが現れますので、一概に否定することはできないのです。一般的には、以下の要件を満たしていれば音楽講師の仕事が向いていると言えるのではないでしょうか。

  • 基本的に明るい人
  • 機嫌が悪いことを表面化させずにコントロールできる人
  • 会話のキャッチボールができ、そのことを 楽しめる人
  • 生徒との同意できるポイントを短時間で見出せる人
  • 「昨日寝てないんだよねぇ」というような言い訳を安易にしない人
  • 生徒の課題・問題点を、生徒より先に見つけることができる人
  • 何事に対しても平和的解決を最後まであきらめない人
  • 時間をきっちり守れる人
  • お金をきっちりやりとりできる人

●宮脇さんは、子供の頃から人に教える仕事に就きたいと思っていて、大学も教育学部を選んだとのこと。大学時代に学んだことは、今の仕事にどう役立っていますか?

○教育実習で授業計画を書く時、教える内容を示した右側の欄に「予想される子どもの行動」という項目がありました。つまりそれを教えたら子ども達の反応はどうなるのか、そのことを予想しながら授業を組み立てていくというものです。身に付けられなかったのは生徒が悪いのではなく、教え方にそもそも問題があるのかもしれない。そういう捉え方ができるようになったのはその経験によるところが大きいです。

教育学・教育心理学を学ぶことによって得たこともあります。例えば短期記憶に収まったものが5分くらい経つと急激に忘却し始める特性とかです。だからその前後のタイミングでもう一度確認させることによって、長期記憶ゾーンへ移行させることができると。このような人間の一般的な傾向・特性を知ったことは、いろいろな場面で役立っています。もちろん大学で学んだことはあくまでも原則ですから、それに頼り過ぎるのも考えものです。結局は音楽講師になってからの経験で徐々に培ってきた部分が圧倒的に多いと思います。

一期一会の気持ちを常に持って、これからも精一杯、人と接していきたい。

●宮脇さんは若い頃、ロック・スターになってマジソン・スクエア・ガーデンを満杯にしたいという夢も持っていたそうですね。今現在の宮脇さんはおそらく日本でもっとも有名なギター講師であり、その著書を読んだ人の数はマジソン・スクエア・ガーデン(アリーナの収容人数は約2万人)を何度も満杯にするほどの数になっています。自分がこういう形で人々に知られることを、若い頃から予測していましたか?

○若い頃の夢は、太く・短く・美しくの華麗なロック・スターになることでしたので、今日のような状況は想定の範囲外でした。今でこそ、知らない人から本を読んですごい役立ちましたと声をかけてもらったり、九州など遠方からレッスンを受けに来ていただいたり、ありがたい状況がありますが、あくまでもそれは、その人のお役に立てたということであり、演奏で相手を自分色に染めたということではありません。その辺りはラリー・カールトンやジェフ・ベックなどとは全く違いますから、その立ち位置はもちろん心得ているつもりです。…というかそういう偉人を挙げるだけでもスイマセンという感じです(笑)。

そういえば「夢はかなう」と、夢がかなった人が言うので確率100%という話がありますよね。夢の設定はいろいろだと思うんですが、100mを9秒で走るという夢を60歳のおばさんが唱えても、いくらなんでも無理ですよね。僕の場合、その辺がごっちゃになっていた若い頃がありました。今ようやく等身大の夢・目標というイメージが見えてきたところです。あ、これは決して後ろ向きな意味では無いです。自分から見ても、そして社会から見てもベストな収まりどころがどこかにある、そこを夢に最初から設定できる人はうらやましいかも、という話です。

●講師の仕事を続けていて最も嬉しかったことは何ですか? もしよければ、最も辛かったことも教えてください。

○「今まで分からなかったことが今日やっと分かりました。めちゃくちゃ役に立ちました。」とかレッスン後に言ってもらえると天にも昇る気持ちです。また、レッスンから何年も遠ざかった頃に、感謝の手紙が送られてきたりすると、もう涙涙です。

レッスンでの仕事上での辛いことはそんなに無いと思います。レッスンにはいろいろなタイプの人が来られますが、コミュニケーションがうまくできなくても、接客業一般と気苦労は変わりませんし、むしろ新たなスキルを積んでいるという意味ではありがたいことです。辛いのは、仲良くさせてもらっていた生徒さんが亡くなられた時です。その人の夢なども知っていたりするのでなおさら悲しいです。レッスンは、出会いが1回きりになる可能性も常にあります。ですので一期一会の気持ちを常に持って、これからも精一杯接していきたいと思っています。

●どうもありがとうございました。

このインタビューの内容に興味を持った方は、宮脇俊郎氏のノウハウが満載された書籍『音楽講師の始め方と続け方』もぜひご覧ください。

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音楽講師の始め方と続け方

  • 著者:宮脇俊郎
  • 仕様:A5判/240ページ
  • 発売日:2011.6.8

宮脇俊郎

宮脇俊郎 プロフィール

1965年、兵庫県生まれ。23歳頃からプロ・ギタリストとしてセッション活動を開始。『最後まで読み通せる音楽理論の本』、『ギター基礎トレ365日』(ともにリットーミュージック刊)など、教則本/映像を多数手がけている。東京・練馬区にて自身のギタースクールを開講中。

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