サウンド&レコーディング・マガジン編集長/(株)リットーミュージック取締役
弊社発行のサウンド&レコーディング・マガジンでは、ミュージシャンが音楽活動を継続的に行っていくためのヒントとなる記事を、ここ数年にわたり多数企画してきました。ここでは同誌の編集長を務める國崎晋が、昨今のアマチュア・ミュージシャンたちの意識の変化などを語ります。
※このインタビューは2013年1月に行われました。
●ムック『ネットとライブで自分の曲を売る方法【改訂版】』は、元を辿ればサウンド&レコーディング・マガジン2009年2月号の特集「2009年版ネットで自分の曲を売る方法」、さらに遡れば2007年11月号の特集「Webで始める1人レーベル」を発端としていますね。当時、それらの特集記事を企画した意図からお話しいただけますか?
○サウンド&レコーディング・マガジンは、1990年に「自主制作CDマニュアル」という特集を掲載しましたように、もともとインディペンデントな活動を応援したいという気持ちが強くあるんです。音楽の作り方や録音の仕方だけでなく、それをどうやってパッケージ化していくか、さらにはどのように流通させていくか、折に触れて特集を組んでいたんですね。ですので、2005年に日本でiTunes Storeがスタートしてからは、当然、どうやったら自分たちの音楽を配信できるのか、そしてどうプロモーションしていくのかが新たなテーマとなったわけです。
2007年に「Webで始める1人レーベル」特集を掲載したときは、MySpaceをはじめとするSNSが盛り上がってきた時期だったので、これまで自力では難しかったプロモーションまでもが個人で可能になってきた……すなわち「1人レーベル」という活動が可能であるということを訴えかけてみたわけです。
そして、2009年には“売るための方法”の集大成的な特集として「2009年版ネットで自分の曲を売る方法」を2月号で、さらに翌2010年3月号でそのアップデート版とも言える「2010年版ネットで自分の曲を売る方法」を組んでみたわけですが、このころから音楽業界の中で、“パッケージでビジネスするのは無理だし、配信もそれほど儲からない”という流れから、“これからはライブで稼ぐしかない”という意見が多く聞かれるようになりました。
じゃあどうやって稼ぐのか? 実際に稼いでいる人はいるのか?を取材してまとめたのが、2010年6月号の「ミュージシャンとして生き延びていくための2010年型ライブのやり方・稼ぎ方」でした。この特集を企画しているときには、もう「ネットで自分の曲を売る方法」と合わせて一冊のムックにしようということは考えていましたね。
●それらの記事やムックに対して、読者の方々からはどのような反応が返ってきましたか?
○特集「ネットで自分の曲を売る方法」はとても好意的な反響をいただき、実際販売も好調でした。
それに対して特集「ミュージシャンとして生き延びていくための2010年型ライブのやり方・稼ぎ方」の方は、否定的なご意見も多くいただきました……“生き延びていく”や“稼ぎ方”という言葉に対して過剰な反応を示されたんですね。サウンド&レコーディング・マガジン読者の方々は全員がプロフェッショナルということではなく、アマチュアの方も多いわけです。それなのに“生き延びていく”とか“稼ぎ方”とか、音楽はマネタイズしなければ意味が無いかのような印象をタイトルから受けてしまったのでしょう。でも、編集部としてはそういうつもりではなく、趣味で続けていくにしても、いつも持ち出しということではなく、今後の活動資金の足しにでもなればという、どちらかというとアマチュア目線で作った特集でした。ですので、『ネットとライブで自分の曲を売る方法』として一冊にまとめたときは、ライブの項目も役に立つということで好評をいただきました。
“稼ぐ”とか“儲ける”とかって、字面だと何か浅ましく見えますけど、“持続可能な活動をするために必要な分だけ”って言葉を前に付けると、だいぶ印象が変わるのではないでしょうか。
●2007年からの5年間、 サウンド&レコーディング・マガジンの読者が求めるものは、 どのように変わってきたでしょうか? また実際に編集部ではどのような対応をしてきたのでしょうか?
○明らかに変わってきたのは、アーティストに強烈にあこがれて自分もそれを目指すというよりも、“とにかく自分が好きな音楽を作り、それを共通の趣味を持つ他人に聴いてもらい、反応してもらう”ということに関心が移っているということです。ですので、“このアーティストはスゴイから聴いて!”という呼びかけ的な記事よりも、“こんなお題を出すから、アナタも作ってみて!”という記事の方が圧倒的に反響がありますね。
だからといって、スゴイと思うアーティストの紹介をやめることはないです。いろいろな音楽を聴くことが、音楽を作っている人にとっては絶対に必要なことだと信じていますので。
●この間、 音楽関連のハードウェアやデバイスも大きく進化しました。 國崎さんの目から見て、特にエポック・メイキングだったと思われるものは?
○iPadの登場ですね。もちろん、ほかにも画期的なソフトウェアやハードウェアはありますけれども、iPadは汎用コンピューターの時代を終わらせようとしている気がするんです。それまでコンピューターが担っていた作業のほとんどが、iPadのようなタブレットでできるようになってしまうと、当然のソフトウェアを開発する人たちもそっちにフォーカスしていきます。そうなると現在のコンピューターがだんだんマイナーなものになり、ひいては今のDAW(Digital Audio Workstation)と呼ばれる音楽制作ソフトも、どんどん特殊なものになっていくのではないかと。ひょっとしたら10年後、プロフェッショナルが音楽制作をするための機械は、昔のFAIRLIGHTやSynclavierのように専用機に逆戻りするのではとさえ思っています。
●ところで2010年からスタートしたライブ企画「Premium Studio Live」は、 今の時代の需要に応えるべく始めたものですよね?
○これは“時代の需要”というより、図らずも始めた企画です。一流のスタジオで、手だれのミュージシャンによる演奏を一発録音をし、それを高音質なデータで配信するという企画なわけですが、景気が良かったころだったら僕らがそんなことをしなくても大手のレーベルさんがやってくれていたはずです。でもだれもやらなくなってしまった……。それと、レコーディング・スタジオという素晴らしいサウンドを響かせる空間が次々と閉鎖されていく現状を見かねてというのもありまして、だったら編集部でできることをやってみようと。
●始めてみての感想は?
○とっても面白いですね! 聴きたかった音楽を作るという、すごくプリミティブな気持ちがいい結果につながっているような気がします。また、ミュージシャンをはじめ、スタジオ、音楽配信サイト、機材を作っているメーカーなど、実にさまざまなところから“いい機会を作ってくれてありがとう”と感謝していただけているので、嬉しい限りです……まあ月刊誌を作りながら同時にというのはホントに大変なのですけど(笑)。
●今回の企画の共通テーマは「今、音楽で稼ぐ方法」なのですが、國崎さんから見て、“ネットとライブで稼ぐこと”に成功していると思われるミュージシャン、あるいは今現在注目している人は?
○うーん、稼いでいるかどうか、本当のところは知らないのですが、mishmash*は、実にスマートにすべてのツールを駆使して活動していると思います。「1人レーベル」で一番成功しているのはサンレコ編集部だと思っていたのですが、mishmash*には負けを認めざるを得ません(笑)。
●以前のアマチュア・ミュージシャンの多くは、 大手レーベルからCDを出すことを目標としてきました。今後のアマチュアはどうなっていくと思いますか?
○好きに音楽活動を続けられるのがアマチュアの特権です。それをサポートする/ピックアップする人や会社というのは今後もあるとは思いますが、それらに依存することなく、本当の意味でのマイ・ペースで活動できるようになっています。もちろん、そこから大勢を感動させるような音楽が生まれるかどうかは別の話ですけど、音を奏でることで自分、そして近くに居る人も楽しいというのは、音楽の原点だと思います。
●今から5年先の2017年頃、音楽業界はどのような形態に進化していると思いますか?
○音楽を聴くというのはストリーミングというのが当たり前になっているでしょう。YouTubeのことを考えると、実際は今でもそれが当たり前ですけどね。そしてCDやアナログ/カセットなどのパッケージを買うとか、高音質のデータを買うとかも一定数までは伸びると思います……昔でいうところの音楽ファンというのが、その層だと思います。“業界”という言葉が入ると、どうしてもビジネスっぽくなってしまいますが、それをとっぱらって“音楽”はどうなっているかと考えると、さっきの質問に通じますが、楽しく演奏する人もいるし、楽しく聴く人もいる。それこそ昔から変わらないと思いますよ。
●どうもありがとうございました。
このインタビューの内容に興味を持った方は、ムック『ネットとライブで自分の曲を売る方法【改訂版】』もぜひご覧ください。
國崎晋 プロフィール
1963年生まれ。サウンド・クリエイターのための専門誌『サウンド&レコーディング・マガジン』編集長。ミュージシャンやプロデューサー、エンジニアへの取材を通じての制作現場レポートや、レコーディング機材使いこなしのノウハウ、新製品のレヴューなどを中心に展開している誌面は、プロ/アマ問わず多くのクリエイターの情報源として重宝されている。2010年からはPremium Studio Liveと題したレコーディングを目的としたライヴ・イヴェントを開始。収録した音源を高音質なDSDフォーマットで配信するレーベル活動も展開している
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